宇宙大規模構造進化研究部門│愛媛大学 宇宙進化研究センター

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「謎シリーズ」の謎
谷口義明
愛媛大学宇宙進化研究センター

(この記事の PDF ファイル版は こちらです。)


 「謎シリーズ」三部作、ここに完成!
こう書くと、なんだか偉大なミステリーの三部作が完成したように聞こえる。

 先ごろ、ブルーバックスの新刊として「宇宙進化の謎」を上梓させて頂きました。じつは、以前にもブルーバックスから自著を二点 刊行しています。
「クェーサーの謎」(二〇〇四年一一月)
「暗黒宇宙の謎」(二〇〇五年一二月)
三冊ともタイトルに「謎」が入り、結局、宇宙に関する謎を解説した三部作ができあがったというのが、事の顛末です。前二作を振り 返りながら、なぜ三作目が必要だったか、お話し致します。

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 子供の頃、本は読むもので、書くものではないだろうと思っていました。まさか、自分が本を書く立場になるとは思いもよりません でした。ところが、気がつけば、学生時代から憧れていたブルーバックスから三冊も自著を出版できることになるのですから、人生分 からないものです。
 私を含め、理系の人々は、ずいぶんとブルーバックスのお世話になっています。興味のある分野の入門書としては最適ですし、自然 科学全般の教養を身につけるのにも役立します。また、自分の目指す研究分野の選定にも一役買っているのではないでしょうか。そん なこともあり、私の本棚には一〇〇冊以上ものブルーバックスが並んでいます。
 さて、憧れのブルーバックスから最初の一冊が刊行されたのが二〇〇四年のことでした。私の専門分野は天文学ですが、主な研究対 象は銀河、活動銀河中心核(銀河中心核に存在する巨大ブラックホールが起源となって明るく輝くもの)、そして観測的宇宙論です。
 天文関係の書籍で人気があるのは宇宙論の話だと思います。ところが、専門分野の一つである銀河の話は、どうもあまり受けがよくな いようで、銀河関係の書籍は少ない感じを持っていました。そのため、できれば銀河の話を書いてみたいと思っていました。ところが、 ブルーバックス編集部の方と相談した結果、意外な提案を受けました。
「銀河はやめて、クェーサーにしましょう」

(1)「クェーサーの謎」
 クェーサーは銀河中心核にある巨大ブラックホールが暗躍し、銀河本体の百倍以上のエネルギーを電磁波で放射する宇宙の暴れん坊 です。活動銀河中心核の代表選手ともいえます。言われてみると、確かに銀河よりはインパクトがあります。問題は、一般の方々(仮 に理科好きでも)にとって、クェーサーという言葉に馴染みがないことです。巨大ブラックホールという言葉を選べば、一般受けする かもしれません。しかし、クェーサーという現象そのものを総合的に理解できるような本にする方がよいに決まっています。そのため。 タイトルは正面切って「クェーサーの謎」に決めました。
 売れるかどうか心配でしたが、幸い増刷にもなり安堵いたしました。これはサブタイトルで“宇宙でもっともミステリアスな天体” を入れたことと、次の梗概も分かりやすかったためだと思います。“クェーサーはどのように生れ、そしてどこに消えたのか?−クェ ーサーは太陽の1兆個分の明るさをもつ宇宙で一番明るく、そしてもっとも遠い天体だ。宇宙誕生後10億年頃に現れ、現在の宇宙ではほ とんど観測されない。多くの謎に包まれたクェーサーの正体はとは? 最新の観測データからその実体に迫る。”本書ではまさにこれら のことが紹介されています。

(2)「暗黒宇宙の謎」
 「クェーサーの謎」の販売がひと段落した頃、ありがたいことにもう一冊書きませんかという依頼を受けました。問題はテーマ選び です。銀河はやはり人気がない(?)ようなので、“暗黒(ダーク)”をテーマにすることにしました。  当時、私はハッブル宇宙望遠鏡の基幹プロジェクトである「宇宙進化サーベイ(通称COSMOSプロジェクト)」に参加して、暗黒物質 に関する研究を始めていました。また、宇宙マイクロ波背景放射の観測衛星であるWMAPが宇宙の闇(暗黒物質と暗黒エネルギー)を暴 きだした頃でもあり、二冊目のタイトルを「暗黒宇宙の謎」に決めまし。
 せっかくなので、宇宙に関する全ての“暗黒”を解説するようなアンソロジーにしようと思いました。身近なところでは暗黒星雲も あります。暗黒物質と暗黒エネルギーのみならず、私がもう一つ紹介した宇宙の闇がありました。それは、“宇宙の暗黒時代(ダーク・ エイジ)”です。宇宙誕生後、最初の一億年から二億年の間は、星も巨大ブラックホールもなく、電磁波を放射するものが一切ありま せんでした。つまり、その時代、宇宙は完全な闇に閉ざされていたのです。そして、星かクェーサーが生まれ、宇宙は暗黒時代から抜 け出すことができたわけです。この宇宙の暗黒時代という言葉は、イギリスのマーチン・リース博士が使い始めたものです。九六年、 私はイギリスのケンブリッジで彼の講演を聞いた時からこの概念の重要性に気がつきました。そこで、この概念の紹介を学会や啓蒙書 で積極的にやってみたいと思っていたのですが、その夢がかなったので、私にとっては思い出深い一冊になりました。

(3)「宇宙進化の謎」
 そして、今年、三部作の第三作目である「宇宙進化の謎」を上梓することができました。本当はもっと早く仕上げる予定でしたが、 先に述べたCOSMOSプロジェクトの仕事が忙しくなったこともあり、時間がとれなくなってしまいまし。また、〇六年には東北大学から 愛媛大学への異動もありました。愛媛大学に異動してからは当時の小松正幸学長や学内の方々のご尽力のおかげで、宇宙進化研究セン ターが〇七年に設立され、私は初代センター長になってしまいまし。そうこうしているうちに、あっという間に、数年の歳月が過ぎて しまったわけです。まさに、光陰、矢のごとし。
 さて、三作目のタイトルですが、最初から決まっていたわけではありません。今回のメインテーマは、宇宙の大規模構造にしました。 ざっと一千億個もある銀河は、宇宙に一様に分布しているわけではなく、シャボンの泡の表面に分布するように不思議な構造を作って 宇宙に浮かんでいます。この銀河の織りなす宇宙の大規模構造は、ここ数十年来、現代天文学の大きな謎として着目されてきた問題です。
 宇宙の年齢は一三七億歳で、私たちからすれば気の遠くなるような年齢です。ところが、美しい銀河や宇宙の大規模構造を作るには あまりにも短いのです。なぜなら、私たちの知っている原子物質の量は思ったより少ないからです。原子物質だけで重力に頼って構造 を作ろうとすると無理がある。それが大きな問題でした。
 結局、宇宙は原子物質より数倍たくさんある暗黒物質の重力の助けを借りて、銀河を作り、宇宙の大規模構造を作ってきたことが分 かりました。しかし、私たちは暗黒物質が何であるか知りません。わかっていることは、私たちは宇宙の暗黒に支配されて生きている ということだけなのです。私たちが住んでいる宇宙を調べたら、そういう宇宙だったとしか言いようがありません。
 かくも宇宙は懐が深い。闇に操られて進化してきている宇宙の姿を皆さんに、歴史的なエピソードも交えて物語として紹介したい。 これが本書を書いた動機です。タイトルは必然的に「宇宙進化の謎」になりました。私が勤務している研究所の名前が宇宙進化研究セ ンターなので、理に適っているようです。

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 ところで、三部作と言えば、エラリー・クイーンを思い出します。
「Xの悲劇」「Yの悲劇」「Zの悲劇」
しかし、この三部作には最終編がありました。
「最後の悲劇」
私の「謎シリーズ」三部作にも最終編があるのでしょうか?
「宇宙、最後の謎」
うーむ、これは難しそうですね。



宇宙進化の図