宇宙大規模構造進化研究部門│愛媛大学 宇宙進化研究センター

プレスリリース資料(2013年4月1日)

100億光年彼方の宇宙にある

「勾玉(まがたま)」銀河の正体は?


― 距離の離れた二つの銀河が共演 ―


中広祐也さんが自ら解説している YouTube 動画はこちら

「勾玉 (maga-tama)」の名称は『アストロフィジカルジャーナル』誌にも掲載されています(こちら)


概要

愛媛大学、大阪産業大学、国立天文台、東北大学の研究グループは、 116億光年彼方の若い銀河を研究していたところ、「勾玉(まがたま)」のような奇妙な形をした銀河があることに気が付きました。 この奇妙な形状は、99億光年の距離にある銀河が、たまたま極めて近い視線上にあるためです。 このように遠方の二つの銀河が近くに重なって観測されることは、非常に珍しいことです。 銀河が重なって観測されるとき、奥にある銀河からの光は、手前にある銀河によって重力レンズ効果を受けるはずです。 今回、愛媛大学理学部4回生の中広祐也さんは、卒業研究として重力レンズ効果の大きさを見積もり、 奥にある銀河は最大でも 1.2 倍程度の増光しか受けていないことを明らかにしました。 手前にある若い銀河が銀河系の約 1パーセントの質量しかないことが原因です。 手前にある若い銀河は、形成途中の銀河でした。 このような銀河が、奥にある銀河の視線方向上に偶然重なる確率は、およそ 100個に 0.5個の割合です。 頻度としては無視できるほど小さくはありません。 しかし、今回のような場合、重力レンズによる影響はそれほど大きくないことを突き止めました。


研究の背景

今回の研究対象となった若い銀河は、 LAE 221724+001716 という名前で、距離が 116億光年です。 この銀河は、もともと研究グループの一員である大阪産業大学の井上昭雄准教授らのグループが、すばる望遠鏡を用いた観測で発見した、 水素原子をイオン化する強い紫外線 (イオン化光) を放射している銀河たちのひとつでした(注1)

この銀河は、イオン化光の放射位置と銀河本体の位置がずれていることが分かっていましたが、そのずれは非常に小さく、 手前の銀河の重なりの確率はほとんど無いと考えられていました。ところがその後の(アメリカの研究者らの)研究で、 イオン化光と考えられた光は距離 99億光年にある別の銀河からの放射であることが分かりました (図1, 図2)。 「この結果を知ったときは大きなショックを受けました。これほど珍しい現象が見つかることに大きな驚きを覚えました」と井上准教授は語ります。 ところで、他の銀河のイオン化光はその後の研究でも確認されています。

「この観測事実を知ったとき、すぐに重力レンズ効果を受けている可能性を考えました」と研究の動機を語るのは、 今回の研究の中心となった愛媛大学の谷口義明教授です。遠方の天体からやってくる光が、手前の重力源の近くを通ると、 重力レンズ効果を受けることが期待されます(図3)。 重力レンズは、相対性理論で有名なアインシュタイン博士が理論的に予想していたものです。

重力レンズ効果は遠方からやってくる光を増光するので、 本来は検出できないほど暗い天体を検出するという自然の虫メガネの役割を果たすという利点もありますが、 逆に増光の程度が分からないと元の明るさが分からないという問題を引き起こします。 銀河の明るさは銀河の星質量に関係するので、増光の程度を見積もることは、 どの時代にどれだけの星ができあがっていたのかという銀河の形成過程を明らかにするためにも必要です。


今回の成果

重力レンズ効果を見積もるために必要な情報は、次の4つです。
1.我々から奥の銀河までの距離、
2.手前の銀河と奥の銀河の間の距離、
3.手前の銀河と奥の銀河との位置のずれ、
4.手前の銀河の質量。

1、2、3は既に観測で得られています。今回、研究グループはすばる望遠鏡の観測データから、 新たに手前の銀河の質量を見積もりました。その結果、手前の銀河の質量はおよそ太陽 10億個分で、 これは銀河系の質量の 1パーセント程度の小さいものでした。銀河としては質量が軽いほうなので、 116億光年彼方の銀河を明るくしているとはいえ、最大でも 1.2 倍程度しか明るくしていないことが分かりました (図4)。

手前にある若い銀河は、宇宙誕生から約 40億年の時代にある形成途中の銀河でした。 このような形成途中の銀河が、奥にある銀河の視線方向上に偶然重なる確率は、およそ 100個に 0.5個の割合です。 頻度としては無視できるほど小さくはありません。 しかし、今回の研究成果から、このような形成途中の銀河の重力レンズによつ奥の銀河への影響は、 それほど大きくないことが確認できました。


今回の研究は、愛媛大学理学部4回生の中広祐也さんが卒業研究として行ったものです。 中広さんは、「卒業研究が論文になるとは思いませんでした。今回はたまたま見つかった一例についての解析でしたが、 このような天体は他にも見つかっています。それらの重力レンズ効果も調べ、宇宙の謎を解き明かしたい」と意気込みを 語っています。


研究成果は 2013年4月1日に発行された天文学誌『アストロフィジカル・ジャーナル』に掲載されました (Nakahiro et al. 2013, The Astrophysical Journal, 2013年4月1日号)。また、本研究は、科学研究費補助金 (17253001, 19340046, 23244031, 23654068, 23684010, 24244018) によるサポートを受けて行われました。





図1:LAE221724+001716 のハッブル宇宙望遠鏡による撮像観測結果(左)。 撮像観測結果ではこの銀河は勾玉(右)のような形をしている。(クレジット:愛媛大学)



図2:LAE221724+001716 の模式図(上)とすばる望遠鏡(下左、下中央)およびハッブル宇宙望遠鏡(下右、図2の左と同じ)による撮像観測結果。 当初は、NB497 が銀河本体、NB359 がイオン化光の放射で、両者の重心の位置にずれがあると考えていたが、実際には二つの銀河が重なっていた。 1秒角は、1度の 3600分の 1。手前の銀河および奥の銀河のサイズについては参考図をご覧ください。 (クレジット:愛媛大学)

(a)

(b)


図3:(a) 重力レンズの模式図。「天体」からの光は「重力源」がない場合は黒線のように進むが、「重力源」がある場合には光は重力源のそばで曲げられ、赤線のように進む。その結果、本来届くはずのなかった光が届くことで、「天体」は明るくなる。 (b) 今回の場合。緑の☆で示した本来の位置から放射された 116億光年彼方の奥の銀河からの光は、99億光年彼方にある手前の銀河の重力レンズ効果で曲げられ、我々からは赤の★の位置に観測される。 そのとき、奥の銀河と手前の銀河は角度θだけ離れているように見える。 θの観測値は 0.6 秒角である。(クレジット:愛媛大学)



図4:増光率と手前の銀河に含まれる星の質量との関係。 赤い線は今回我々が推定した手前の銀河に含まれる星の質量の上限値で、それにより増光率の上限値が得られる。 (クレジット:愛媛大学)



参考図:手前の銀河および奥の銀河とその大きさの目安。 手前の銀河および奥の銀河の距離における 1万光年に相当する長さを図中に入れた。 (クレジット:愛媛大学)

(注1) この成果については下記のプレスリリースをご覧ください。 「すばる望遠鏡、遠方宇宙の銀河からの強力な紫外線の検出に成功」 http://subarutelescope.org/Pressrelease/2009/02/09/j_index.html。 すばる望遠鏡で得られた LAE 221724+001716 の画像は、図3 の左列中央に示されています。


追加情報

「勾玉」銀河は みずがめ座 の方向 (星図中で SSA22 と書かれている場所) にあります。なお、この星図は "ステラナビゲータ/株式会社アストロアーツ" で作成されたものです。


「勾玉 (maga-tama)」の名称は、以下のように 『アストロフィジカル・ジャーナル』誌に掲載されています。 (Nakahiro, Y., et al. 2013, ApJ, 766, 122 を改変)



動画 (SubaruTelescopeNAOJ チャンネル)



研究グループの氏名(所属)

  • 中広 祐也 (愛媛大学)
  • 谷口 義明 (愛媛大学)
  • 井上 昭雄 (大阪産業大学)
  • 塩谷 泰広 (愛媛大学)
  • 鍛冶澤 賢 (愛媛大学)
  • 小林 正和 (愛媛大学)
  • 岩田 生 (国立天文台)
  • 松田 有一 (国立天文台)
  • 林野 友紀 (東北大学)
  • 田中 彩果 (愛媛大学)
  • 濱田 勝彦 (愛媛大学)


連絡先

谷口 義明
〒790-8577 愛媛県松山市文京町2-5
愛媛大学宇宙進化研究センター
Email: tani@cosmos.ehime-u.ac.jp
Tel: 089−927-9579
Fax: 089−927-8430