宇宙大規模構造進化研究部門│愛媛大学 宇宙進化研究センター

プレスリリース資料(2012年12月27日)

銀河の「帽子」に吹き付ける強力な風〜M82 の銀河風、4万光年先のガス雲と衝突中


概要

京都大学、東京大学カブリIPMU、国立天文台、愛媛大学、シドニー大学の研究グループは、爆発的星形成銀河 M82 からの 爆風波として飛び出したガスが、M82 銀河本体から約4万光年も離れた「M82の帽子」と呼ばれるガス雲に衝突して光って いることを、すばる望遠鏡による観測から突き止めました。今回の研究成果によって、銀河とその周辺環境がダイナミック に進化してきたことが明らかになりました。すばる望遠鏡の大集光力と空間分解能の高さを生かした研究成果です。


本文

銀河の中には、中心領域で激しい星生成現象を経験している銀河があり、爆発的星形成銀河またはスターバースト銀河と 呼ばれています。太陽の数十倍もある大質量星が1000万年間におよそ1万個以上も生まれます。生まれた大質量星はいずれ 超新星爆発を起こして次々と死んでしまいます。その際、銀河中のガスは100万度にも加熱された高温ガスの圧力により、 銀河の外側へと噴き出していきます。これが「銀河風」と呼ばれる現象ですが、この銀河風が一体どこまで拡がっていくのか、 あるいは銀河と銀河の間にある空間(銀河間空間)にどのような影響を与えるのか、といったことはまだ良くわかっていません。 なぜなら、銀河風は銀河本体から離れるほど暗くなり、観測が難しくなってしまうからです。

今回研究グループが観測した銀河 M82 は、地球から最も近くにある爆発的星形成銀河の一つで (距離は約1200万光年)、 大規模な銀河風が吹いていることが知られています(注1)。そのため、これまでたくさんの観測が 行われてきましたが、研究グループは「M82の帽子」と呼ばれる不思議な構造に着目しました。「M82の帽子」は、銀河本体 から約4万光年も離れたところにある電離したガス雲です (図1左)。M82のサイズもちょうど約4万光年なので、銀河1つ分 離れたところにあります。まるではぐれ雲のようです。

「なぜ、こんな遠くはなれた場所に電離したガスの雲があるのだろうか?この『帽子』の電離源を調べれば、M82銀河本体 からの銀河風が『帽子』まで届いているか判定することができるのではないか?私たちはそう考えたのです」と研究の動機 を語るのは、今回の研究の中心となった京都大学の松林和也さんです。

「M82の帽子」のガスの電離源として、2つの説が提案されていました。1つ目の説は、M82本体の星形成領域にある大質量星 から放射された紫外線が、「帽子」のガスを電離しているという説です (図2左)。もう1つの説は、M82の銀河風として 飛ばされたガスが「帽子」のガスと衝突して衝撃波(注2)を起こし、その衝撃波から出た紫外線が 「帽子」のガスを電離したという説です(図2右)。もし「帽子」のガスが衝撃波によって電離されていれば、銀河風が銀河 本体から約4万光年も離れた銀河間空間ガスに影響を与えていることになります。過去の観測でM82の銀河中心部の紫外線の 明るさや銀河風の強さが分かっているため、「帽子」の電離ガスから放射されるHα輝線(注3)の 明るさや分布を調べれば、どちらの説が正しいか明らかにすることができると、松林さんたちは考えました。

そこで研究グループは、すばる望遠鏡に搭載された「京都三次元分光器第2号機」(注4)という 観測装置を使って「M82の帽子」を観測し、「帽子」の電離ガスの電離源を調べることにしました。京都大学などが開発した 「京都三次元分光器第2号機」を使用することで、Hα輝線の強度分布を精度良く調べることが可能となります。

図1右が今回得られたHα輝線強度分布図です。この図から、電離ガスは「帽子」の領域全体に広がっているのではなく、 300光年から500光年の大きさの塊状であることが分かります。ここで研究グループは、「帽子」の電離源を明らかにする ために、塊のHα輝線の明るさに着目しました。すると、1つ目の大質量星からの紫外線説では、観測された塊のHα輝線の 明るさの約10%しか説明できないことが判明しました。一方、2つ目の銀河風による衝撃波説で予想されるHα輝線の明るさと、 観測されたHα輝線の明るさは、非常によく一致しました。よって「帽子」のガスは、銀河風が「帽子」ガスにぶつかる際 の衝撃波によって電離されていることが分かりました。つまり、M82本体から銀河風として飛び出したガスが、銀河1個分 に相当する約4万光年もの距離を飛んでいき、「帽子」のガスと現在衝突中であることを示唆します。

今回の観測結果から、M82から吹き出している銀河風は少なくとも約4万光年離れたところまで直接影響を及ぼしているが 明らかになりました。つまり、銀河風はそれほどの影響力を持った現象であり、銀河間空間ガスに大きな影響を与えること が分かりました。松林さんは「もっと遠くのガス雲まで影響を及ぼしている例はあるのだろうか?次の観測では、さらに 銀河本体から離れた場所で、銀河風によって電離されたガス雲の探査を行っていきたいと考えています」と意気込みを 語っています。

この研究成果は、2012年12月10日に発行された天文学誌『アストロフィジカル・ジャーナル』に掲載されました (Matsubayashi et al. 2012, The Astrophysical Journal, 761, 55)。 また本研究は、科学研究費補助金 (17253001, 19340046, 23244031, 23654068, 24103003)によるサポートを 受けて行われました。





図1: (左図) M82全体のHα輝線強度分布図。等高線はX線強度を表しています。図の左下にある明るい領域がM82の銀河中心で、 図の右上にHα輝線とX線で弱く光っている領域が「帽子」です。(Lehnert et al. 1999, The Astrophysical Journal, 523, 575 の図を一部改変。) (中図) 「帽子」領域の連続光強度分布図。この図で見えているのは銀河系内の星かM82よりもずっと遠くにある銀河で、「M82の帽子」からの連続光は検出されませんでした。 (右図) 「帽子」領域のHα輝線強度分布図。「帽子」からのHα輝線が検出され、「帽子」のガス雲が塊状であることが分かります。 (クレジット: 国立天文台)



図2: 「帽子」ガス雲電離メカニズムの2つの説の模式図。 (左図) M82本体の星形成領域にある大質量星からの紫外線によって電離されている場合。 (右図) M82から銀河風として飛び出したガスと「帽子」のガス雲の間の、衝撃波から放出された紫外線で電離された場合。 (クレジット: 国立天文台)

(注1) M82の大規模な銀河風については下記プレスリリースをご覧ください。 http://subarutelescope.org/Pressrelease/2000/03/24/j_index.html

参考図: すばる望遠鏡の微光天体分光撮像装置 FOCAS でとらえられた M82 の姿。 渦巻銀河であると考えられる M82 を横から眺めた様子です。銀河と垂直方向に 中心部から広がる赤い部分は、銀河内での激しい活動によって生じた高温の水素 電離ガスが銀河の外側に吹き出している様子を、Hα 輝線観測によりとらえたものです。 (クレジット: 国立天文台)

(注2) 衝撃波とは、空気のような圧縮できる気体や液体の中で、音速を超える速さで伝搬する強い圧力変化の波です。 超音速飛行や爆発などによる大きな密度変化によって発生します。

(注3) Hα輝線とは、電離した水素原子(水素イオン)と電子が再結合した時に放射される輝線の一つで、 波長は 656 nm です。水素原子から放射される輝線の中で、可視光波長 (400 - 750 nm) 域で最も明るい輝線です。

(注4) 京都三次元分光器第2号機の特長や代表的な観測成果については下記プレスリリースをご覧ください。 http://www.kusastro.kyoto-u.ac.jp/~sugai/ngc1052/index.html
本研究では、ファブリ・ペロ干渉計(透過する光の波長を自由に変えることのできる光学素子)という特殊なフィルターを使用することで、連続光とHα輝線がお互いに混ざっていない、純粋な連続光マップとHαマップを正確に得ることができました。


本研究をリードされた松林和也氏(現在、京都大学大学院理学研究科・研究員)は 平成23年4月から本年8月まで、愛媛大学宇宙進化研究センターの特定研究員として 勤務されていた方です。本研究成果の大半は愛媛大学勤務時代に行われた研究に 基づいています。

連絡先

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