宇宙大規模構造進化研究部門│愛媛大学 宇宙進化研究センター

日本天文学会2015年秋季年会記者発表資料

突然、星を作らなくなった銀河の発見

−100 億年前、銀河に何が起こったのか?−

谷口義明, 小林正和, 鍛冶澤賢, 長尾透, 塩谷泰広(愛媛大学),
Peter Capak, Nick Scoville (カリフォルニア工科大学) ,
& COSMOS Team


訂正とお詫び:2015年9月15日

マエストロ銀河の画像中の横棒は、これまで「1 万光年」と表記しておりましたが、 正しい表記は「10 万光年」でした。 (現在本ホームページで公開している記者会見プレゼンテーションファイル p.21、 図 4、および記事作成の際に有用な図は全て修正させていただいております。) 本件に関しましては、私どもの不注意で誤った情報を公開してしまいましたこと、 深くお詫び申し上げます。



研究グループ代表 谷口 義明(愛媛大学・教授)

記事作成の際に有用な図はこのページおよびこちら
からダウンロードできますので、ご利用ください。


記者会見プレゼンテーションファイル (PDF file)

目次

ポイント
概要
背景
研究成果
研究成果の科学的意義
補遺1 コスモス・プロジェクト
補遺2 光学フィルター
補遺3 水素原子のライマンα輝線
補遺4 星生成銀河からパッシブ銀河への進化
補遺5 銀河の進化段階は銀河の色で判別できる
研究チーム
当日の記者発表主席者
問い合わせ先
本学会における関連講演
本研究成果報告論文


ポイント

・宇宙誕生から数億年の頃に誕生した銀河は、ガスから星を作ることで成長してきた
・しかし、大質量銀河はなぜか約 100 億年前に星を作らなくなった(銀河進化に関する最大の未解明問題)
・これまでにない大規模な輝線銀河の探査を通して、100 億光年彼方の宇宙でまさに星生成を止めつつある大質量銀河を、世界で初めて発見(「マエストロ銀河」と命名)
・今回の発見から“多数の超新星爆発によって起こるスーパーウィンド(銀河風)が原因で星生成が止まる”ことが示唆された
・銀河進化の全体像の理解に向け、大きく前進



マエストロ銀河 (中央の銀河) を取り巻く電離ガス (青い拡がり) (クレジット:愛媛大学) [詳細は図4 を参照]


概要

 私たちの住む天の川銀河のような銀河は、138億年前の宇宙誕生後数億年が経過した頃に誕生しました。 そして、宇宙の年齢が 20 から 30 億歳の頃に、銀河では爆発的に星が生まれ、 その後は星を作らずに静かに進化してきたことがわかっています。 では、なぜ星の生成が止まったのか? また、星生成を止めたばかりの銀河はどこにあるのか? これらの答えを求めて私たちは 100 億光年彼方の宇宙で、これまでにない大規模な輝線銀河の探査を行いました。 そして、ついに「まさに星の生成が止まりつつある」銀河を発見することができました。 星生成が止まるタイムスケールを評価してみると、わずか数千万年であることがわかりました。 銀河の年齢は約 130 億歳ですから、それに比べたら星生成の停止は一瞬の出来事といってもよいでしょう。 今回の発見で、銀河の初期進化の全貌がようやく見えてきました。 すばる望遠鏡による広域輝線銀河探査の大きな成果です。


背景

 宇宙年齢が138億歳である現在の宇宙を眺めると、たくさんの美しい銀河があります(図1)。 楕円銀河や、渦巻銀河でも大きな質量(太陽の質量の数100億倍以上;太陽質量 = 2 × 1030 kg) を持つ銀河は100億年以上前に生まれた古い星々でできています。 これらの大質量銀河は、現在ではほとんど星を作ることなく、穏やかに進化しています。

 これらの大質量銀河にある星々はいつ頃作られたのでしょうか?  宇宙にある多数の銀河を調べてみると、銀河は宇宙年齢が30億歳の頃までに活発に星を作っていたことがわかっています(図2)。 したがって、これらの大質量銀河でも若い頃に活発に星を作っていたと考えられています。

 しかし、不思議なことに、現在の大質量銀河には 100 億年以上前に生まれた軽い星々しか残っていません。 つまり、大質量銀河は今から 100 億年前に、突然星を作らなくなったのです。 星はガスからできています。星を作る材料であるガスは 100 億年前の銀河にもあったはずです。 それにもかかわらず大質量銀河は突然星を作ることを止めたとしか考えられないのです。 この問題は『星生成抑制問題』と呼ばれ、現在、天文学の大きな謎になっています。 銀河の進化を理解するためには、どうしてもこの問題を解決する必要があります。



図1: 近傍の宇宙にある様々な形をした銀河。 図中、左側にある E0 から E7 と記された銀河は、見かけが楕円のように見えるので楕円銀河と呼ばれています。 その右側には渦巻銀河が示されていますが、円盤部に棒状の構造があるかどうかで、二つの系列に分かれています。 楕円銀河と渦巻銀河の中間に位置する S0銀河は、円盤構造はあるものの、渦巻がない銀河です。 (クレジット:愛媛大学)



図2 宇宙における星生成の歴史の概略図。(クレジット:愛媛大学)


 100 億光年彼方の宇宙を調べると、多くの銀河は活発に星を作っています。 しかし、なかには星を作るのを止めた銀河もあります。 問題なのは、星を作るのを止めつつある銀河が観測されないことです。 なぜ、星を作るのを止めるのか? この問題を解決するには、星を作るのを止めつつある銀河を実際に見つけて、 その銀河で何が起こっているのかを明らかにする必要があるのです。  今回私たちは、すばる望遠鏡を使って約 100 億年前の銀河の大規模探査を行う中で、まさに “星を作ることを止めつつある銀河”をとらえることに世界で初めて成功しました


研究成果

 私たちはハッブル宇宙望遠鏡の基幹プログラム“宇宙進化サーベイ”、「コスモス・プロジェクト」の一環として、 すばる望遠鏡の主焦点カメラ、スプリーム・カムを用いた撮像サーベイ観測を行ってきました。 このプロジェクトで選んだ天域は“ろくぶんぎ座”の方向にある2平方度(1.4°×1.4°)の広さの天域です (以下では「コスモス天域」と呼びます;補遺1参照)。
 遠方の銀河を探査するためには、いくつかの光学フィルター(ある波長帯の光だけ透過して撮像するための装置: 補遺2参照)を組み合わせて撮像観測を行います。 私たちの「コスモス天域」の撮像観測では 6 枚の広帯域フィルター、2 枚の狭帯域フィルターに加え、 世界ではほとんど使われていない中帯域フィルター(カバーする波長帯の帯域幅が広帯域と狭帯域の中間的なフィルター) を 12 枚も使用しました。 合計 20 枚のフィルターを使うのでコスモス 20 プロジェクトと呼ばれています。 激しい勢いで星を作っている銀河は、質量の大きな星から放射される強烈な紫外線で電離され、 特徴的なスペクトル線(輝線)を放射します。 遠方の銀河の場合、水素原子の放射するライマンα輝線(補遺3)が特に強いので、探査する時の良い目印になります。 このような銀河はライマンα輝線銀河と呼ばれます。 今までの探査では、ライマンα輝線を効率よく検出するために、狭帯域フィルターが使われてきました(補遺2参照)。 狭帯域フィルターを用いるとライマンα輝線銀河を効率よく検出できますが、フィルターの帯域幅が狭いので、 広い体積を調べることができないというディメリットがあります。
 広い体積を調べることはとても重要です。なぜなら、今まで知られていなかった銀河が見つかる可能性があるからです。 遠方の宇宙に、どんな銀河があるのか?  実際のところ、予測不能なことが多いものです。 そこで私たちは、通常のライマンα輝線銀河よりはるかに明るい銀河があるかもしれないと考え、 「コスモス天域」で広域探査をすることにしたのです。 その際用いたのが上述の 12 枚の中帯域フィルターです。 これらのフィルターは波長では 0.427 ミクロンから 0.827 ミクロンをカバーし、 ライマンα輝線銀河の距離に換算すると 112 億光年から 128 億光年を一挙にカバーします(図3)。 「コスモス天域」の広さは 2 平方度もあるので(補遺1参照)、 今までにないライマンα輝線銀河の広域探査が実現しました。



図3:コスモス 20 プロジェクトの 12 枚の中帯域フィルターによる広域探査でライマンα輝線銀河を探査した領域。 この図に示されている各中帯域フィルターの画像は観測で実際に得られた画像です。 1 立方億光年は 1 億光年× 1 億光年× 1 億光年の立方体の体積。 フィルターの名前 (IA427など) については、補遺2の図 A4 をご覧ください。 (クレジット:愛媛大学)


 この結果、私たちの探査で、人類が今まで目にしたことのない、不思議な性質を持つ銀河が見つかりました。 ライマンα輝線銀河であることは確かなのですが、これらの銀河は次の四つの性質を示します。

(1) ライマンα輝線が異常に強い
(2) 大質量銀河である(太陽の 300 億倍以上の質量)
(3) 銀河にはライマンα輝線を放射する元になる大質量星が少ない
(4) ライマンα輝線は銀河を取り巻くように拡がっている

私たちこれらの性質を示すライマンα輝線銀河を6個発見し、“マエストロ銀河(注1)”と名付けました(図4)。



図4:マエストロ銀河 ((注1)参照) のカラー合成画の例。 青は中帯域フィルターで観測された電離ガス(ライマンα輝線)、緑は若い星(R バンド、0.62 ミクロン(注2))、 赤は古い星(Ks バンド、2.2 ミクロン)からの光を示す。 各画像はマエストロ銀河を中心に、一辺 15 秒角×15 秒角の範囲を表示。 図中の横棒は 10 万光年に対応。上が北、右が西に対応。 (クレジット:愛媛大学)


 では、なぜマエストロ銀河は不思議な銀河なのでしょうか?  それは上にあげた性質のうち、(1) と (3) が矛盾するからです。 つまり、マエストロ銀河は強いライマンα輝線を示しているにもかかわらず、比較的古い年齢の星の割合が高いのです。 この性質は次の二つの可能性を示唆します。

(I) 活発な星生成が止まった直後
(II) 星生成はまだ続いているが、星生成率が急激に減少している最中

宇宙にあるほとんどの銀河は

・星生成を続けている銀河(星生成銀河)
・星生成をしていない銀河(いわゆる「パッシブ銀河」(注3)

の2種類に分類されます(補遺4参照)。しかしマエストロ銀河はこれら2種類のいずれにも該当しません。 つまり、(3) の性質から、マエストロ銀河は上記の (I) か (II) のフェーズにいる銀河です。 つまり、星生成銀河から星生成をしていない「パッシブ銀河」へと進化しつつある銀河だったのです(図5)。



図5:銀河の中にある星の総質量(星質量と呼ばれます)と星生成率(補遺4参照)の分布。 宇宙で見られる銀河のほとんどが星生成銀河(青)と星生成をしていない「パッシブ銀河(赤)」に分けられ、 その過渡期にある銀河は数が非常に少ないことが知られていました。 マエストロ銀河の星質量と星生成率はまさにこの過渡期に位置しており(黄)、 マエストロ銀河が星生成銀河から「パッシブ銀河」へ進化しつつある銀河であることがわかります。 [註] 新たに星が生まれているフェーズでは、銀河の星質量は単調増加します。 そのため、この図では右上がりの系列が見えています。これを銀河の“主系列”と呼びます。 星が作られなくなると、星生成率はゼロなので、図中では赤い部分に銀河が分布することになります。


 ここで謎が一つ出てきます。 マエストロ銀河では星生成が止まりつつあり、 それまでに作られた多数の寿命の短い大質量星の個数が激減している進化段階にいます。 ライマンα輝線は水素原子が電離されているガスの中で放射されます。 この電離ガスを作る主たる要因は大質量星の放射する電離紫外線です。 つまり、強いライマンα輝線は本来なら大質量星がたくさんあることを意味します。 ところが、マエストロ銀河には肝心の大質量星が少ないのです。 それにもかかわらず、なぜライマンα輝線が異常に強いのか?  これは大問題です。

 解決の糸口はマエストロ銀河の性質の一つである (4) です。 つまり、ライマンα輝線が銀河本体を取り囲むように拡がっていることです(図4 参照)。 星生成が終わりつつあるということは、 それまでに作られた多数の大質量星が既に超新星爆発を起こして死んでいることを意味します。 超新星爆発は莫大なエネルギーを放出するので、多数の超新星爆発が起こると相乗効果で爆風波となり、 銀河本体から風が吹き出すように逃げています。 スーパーウインド(あるいは銀河風)と呼ばれる現象です。 スーパーウインドは銀河の中にあったガスを銀河の外に押し出しますが、 その時の衝撃で水素ガスは電離されてライマンα輝線を放射します。 これにより、マエストロ銀河の外側でライマンα輝線が強く見えることを説明することができます。 一方、スーパーウインドは星の材料であるガスを銀河の外に吹き飛ばすので、 銀河の中には星の材料となるガスがなくなり星生成が止まります。 このようにスーパーウインド説を採用すると、マエストロ銀河の性質を自然に説明することができます(図6)。



図6:星生成銀河からマエストロ銀河を経てパッシブ銀河へ進化する様子。(クレジット:愛媛大学)



研究成果の科学的意義

 以上のように、100 億年前の宇宙にあるライマンα輝線銀河の大規模探査を行う中で、 「星生成を止めつつある銀河」であるマエストロ銀河を思いがけず発見することができました。

 では、なぜ今までの探査では発見できなかったのでしょうか?  今回私たちはこれまでにない大規模な探査を行いましたが、発見されたマエストロ銀河はたった 6 個です。 個数が少ないということは稀な銀河であることを意味します。 この“稀さ”は統計的にはマエストロ銀河の状態にいる期間が短いことを意味します。 この期間はマエストロ銀河と同程度の質量を持つパッシブ銀河の個数とマエストロ銀河の個数比から、 数千万年程度であることがわかります。 なんと、この期間はスーパーウインドができる期間と一致しているのです(スーパーウインド説の傍証となります)。

 今回、このような短いタイムスケールの現象を発見できたのは、 私たちの探査が従来のライマンα輝線銀河探査の 10 倍以上も広い体積を観測したからです。 大規模探査の重要性を改めて認識することができました。  こうして、以下のような大質量銀河の進化の描像が見えてきました。

・大質量銀河は生まれてから 10 億年程度の間、活発な星生成を行う
・その後、大質量の星が寿命をむかえる時点でスーパーウインドが発生し、星の材料であるガスが銀河の外側に噴出される(マエストロ銀河のフェーズ)
・大質量銀河は星生成を止め、静かに進化し続け(パッシブ銀河のフェーズ)、現在の宇宙で観測される楕円銀河などの大質量銀河になる

 今後は、 すばる望遠鏡の新しい主焦点カメラであるハイパー・スプリーム・カムを使ってさらに多くのマエストロ銀河を発見し、 揺るぎない銀河進化の描像を確立したいと考えています。 また、個々のマエストロ銀河の周りの電離ガスの運動を詳細に調べ、スーパーウインド・モデルの立証を目指します。 これにより、大質量銀河がなぜ突然、星生成を止めるのか、その物理過程を明快に理解できると考えています。



補遺1 コスモス・プロジェクト

 コスモス・プロジェクトはハッブル宇宙望遠鏡の基幹プログラム(注4) “宇宙進化サーベイ (The Cosmic Evolution Survey)”の略称です。 観測天域は“ろくぶんぎ座”方向に設定された2平方度(1.4°×1.4°)の広さの天域です(図A1)。 図 A1 を見るとわかるように、2 平方度という広さは満月 9 個分をカバーする広さになります。 ハッブル宇宙望遠鏡による観測は高性能サーベイカメラ(ACS)を用いて 2003−2005 年の期間で行われました。 ハッブル宇宙望遠鏡以外にも、すばる望遠鏡や他の波長帯の高性能望遠鏡を総動員して X 線から電波まで素晴らしいデータが得られています。 既に 100 論文以上の研究成果を出し、銀河、巨大ブラックホール、宇宙の大規模構造、 そして暗黒物質の空間分布などの研究の発展に大きな貢献をしてきています。



図A1:(左)ろくぶんぎ座にある「コスモス天域」(星図はTorsten Bronger氏提供)。 (右)すばる望遠鏡で撮影されたコスモス天域の可視光写真。○印はマエストロ銀河の位置。 星のように見える天体のほとんど全ては、銀河系の外にある遠方の銀河です。 広さのスケールがわかるように、月(見かけの大きさは約 0.5°)を右上に示してあります。 (クレジット:愛媛大学)

補遺2 光学フィルター

天体の撮像観測(直接写真を撮ること)の場合、ある波長範囲の撮像データを集め、 それらを解析することで天体の性質を調べます。 この目的のために用いられるのが光学フィルターです。 図 A2 に可視光帯のフィルターの例を示します。 このフィルターの場合、天体からやってくる光のうち、 λ1 から λ2 の波長範囲にある光だけを透過します。 重心波長を λG としています。


図A2:フィルターの透過曲線の例。グレーの部分だけ、光を透過する。(クレジット:愛媛大学)


フィルターの帯域幅は
    Δλ = λ2 - λ1
で与えられます。帯域幅の広さの目安として、次の波長分解能(スペクトル分解能)が使われます。
    R = λG / Δλ
フィルターはこの R の値によって、広帯域、中帯域、及び狭帯域フィルターに分類されます。 分類基準を表 A1 にまとめて示します。


表A1: フィルターの分類
フィルターの分類R
広帯域フィルター5 - 10
中帯域フィルター20 - 25
狭帯域フィルター50 - 100


 一般の撮像観測に用いられるのは広帯域フィルターです。 また、ある輝線(スペクトル線)を効率よく捉えたいときは狭帯域フィルターが用いられます。 中帯域フィルターはそれほど普及しているわけではありませんが、以下の目的のために使用されます。

・強い輝線天体の探査を行う
・銀河の距離を撮像データだけで精度良く決める(注5)

ここでは強い輝線天体の探査に的を絞って、3 種類のフィルターの役割を説明します。
 図 A3 に広帯域、中帯域、及び狭帯域フィルターの透過曲線の例を示しました。 ある波長に強い輝線があるとします(図中の青い縦長の三角で示してあります)。 広帯域フィルターで観測した場合、帯域幅が広いので輝線以外の波長帯の光で薄まってしまい、 淡くしか映りません(図中、左上の画像)。 中帯域フィルターで観測した場合、ちょうど輝線をうまく捉えているので、明るく写ります。 一方、狭帯域フィルターで観測した場合、図の例では輝線の波長帯をカバーしていないので、全く映りません。
 これらをまとめると以下のようになります。

(1) 広帯域フィルターは輝線天体の探査には向かない
(2) 中帯域フィルターは狭帯域フィルターに比べてカバーしている波長範囲が広めなので、強い輝線天体の探査に向いている

(2) は、中帯域フィルターの方が狭帯域フィルターに比べて、観測している波長帯が広いため、 より広い宇宙を探査していることを意味します。 したがって、強い輝線天体を広域サーベイしたい場合、中帯域フィルターの方がより効率良い探査を可能にします。 今回の私たちの観測は、まさにこれを狙って行われました。 私たちの観測で用いたフィルターは図 A4 に示しました。



図A3:3種類のフィルターの特長。 この図では強い輝線が中帯域及び広帯域フィルターのカバーする帯域に入っています。 強い輝線が狭帯域フィルターのカバーする帯域に入ると、もちろん強い輝線天体として検出されます。 ただし、カバーしている帯域が狭いので、検出確率は低くなります。(クレジット:愛媛大学)



図A4:コスモス 20 プロジェクトで用いられた 20 枚の光学フィルターの透過曲線。 マエストロ銀河の発見に貢献した 12 枚の中帯域フィルターの透過曲線は下段に示されています。 それぞれの透過曲線の上に記されている 3 桁の数値はフィルターの中心となる波長(注6)で、 ナノメートル(10-9メートル)の単位が用いられています。 広帯域と狭帯域フィルターの透過曲線はそれぞれ上段と中段に示されています。


補遺3 水素原子のライマンα輝線

 水素は陽子 1 個と電子 1 個からなる、最もシンプルな元素です。 水素原子は波長 91.2 ナノメートルより短波長の紫外線にさらされると電離され、陽子と電子に分かれます。 しかし、両者は再び結合し(再結合)、その際に再結合線と呼ばれる輝線を放射します(図A5)。 水素原子のエネルギー準位は飛び飛びの値を持っており、最もエネルギーの低い状態が基底状態、 それよりエネルギーの高い準位は励起準位と呼ばれます。 陽子と電子があるエネルギー準位に再結合すると、最終的には最もエネルギーの低い基底状態まで遷移していきます。 第 2 励起準位(図中の n = 2)から基底状態(図中の n = 1)に遷移するときに放射されるスペクトル線 (輝線)がライマンα線(波長 = 121.6 ナノメートル)と呼ばれます。 水素原子の再結合線の中で、ライマンα線は最も強く放射されるスペクトル線です。



図A5:水素原子の電離と再結合に伴う再結合線の放射原理。(クレジット:愛媛大学)


補遺4 星生成銀河からパッシブ銀河への進化

 銀河は数百万から数千億個の星の集団です。 銀河の中の星々は、最初からあったわけではなく、銀河の誕生と共にガスから作られてきたものです。 つまり、銀河の進化とは「ガスから星を作ってきた歴史」と考えることができます。 そのため、銀河の進化を特徴づける物理量として、次の二つがよく使われます。

・銀河の星質量:銀河に含まれる星々の総質量(単位=太陽質量)
・星生成率:1年間当たり、どれだけの質量のガスが星になったかを示す量(単位=太陽質量 / 年)

 図 5 で説明したように、これら二つの物理量は銀河の進化フェーズを理解するのに大変役立ちます。 図5は概念を説明するための図でしたが、ここでは実際に観測された図を示しましょう(図 A6)。 マエストロ銀河が銀河の“主系列”を離れ、パッシブ銀河へと進化していく途上であることがわかります。


図A6:図 5 と同じですが、星生成銀河については、実際に「コスモス天域」で観測されたデータを示しています。 星生成銀河は図5で説明した主系列に沿って分布していることがわかると思います。 図では主系列の平均的な振る舞いを示す直線を補助的に示してあります。(クレジット:愛媛大学)


補遺5 銀河の進化段階は銀河の色で判別できる

最後になりますが、私たちはなぜマエストロ銀河の存在に気づいたのでしょうか?  すでに説明したように、星生成率−星質量関係(図5および図A6)を調べると、マエストロ銀河の存在に気がつきます。 しかし、もっと直接的な証拠があります。それは“銀河の色”です。
 マエストロ銀河は異常にライマンα輝線が強い銀河として選択されているので、 本来ならば活発に星を作っている銀河だと予想されます。 その場合、大量に作られる大質量星のおかげで、銀河の色は青くなるはずです(注7)。 星生成率−星質量関係を調べて、変わった銀河がいることに気がついたので、どんな色をしているか調べてみました。 すると、青いどころか、逆に赤いことがわかりました。
 星は質量が重くなると表面の温度が高くなり、青く見えます。 一方、質量が軽くなると表面温度が下がるので赤く見えます。 銀河にはさまざまな質量を持つ(つまり、さまざまな色を持つ)星があるので、 銀河の色はそれらを足し合わせた色になります。 そのため、銀河の明るさをいろいろな波長で測ることで、 その銀河がどのような質量の星からできているのかを推定することができます。
 星生成を続けている銀河では、大質量星もたくさんできているので、銀河の色は青くなります。 したがって可視光より紫外線で明るく見えます。 一方、星を作らないパッシブ銀河ではほとんどが小質量星なので、銀河の色は赤くなり、 赤外線の方で明るく見えることになります。
 図 A7 に典型的な星生成銀河とパッシブ銀河のスペクトル・エネルギー分布と一緒にマエストロ銀河のスペクトル・エネルギー分布を示しました。 マエストロ銀河は明らかにパッシブ銀河に近い性質を持つことが一目瞭然です。 まだ紫外線の波長帯で少し明るいのは、大質量星は死にましたが中程度の質量を持つ星々が生き残っているためです。 この図から、マエストロ銀河は星生成を突然止めて、パッシブな銀河へと移行中であることがわかります。



図A7:マエストロ銀河と星生成銀河及びパッシブ銀河のスペクトル・エネルギー分布の比較。 マエストロ銀河の黒い点は本研究で発見された6個の内の一つの実際の観測データです。 オレンジの曲線はこれらのデータ点に最も良くスペクトル・エネルギー分布(理論的なモデル)です。 ライマンα(赤い丸印)は中帯域フィルターの一つである IA505 バンドで検出されていますが、 非常に明るいことがわかります。(クレジット:愛媛大学)


研究チーム

谷口 義明(たにぐち・よしあき)愛媛大学・教授
小林 正和(こばやし・まさかず)愛媛大学・特定研究員
鍛冶澤 賢(かじさわ・まさる)愛媛大学・助教
長尾 透(ながお・とおる)愛媛大学・教授
塩谷 泰広(しおや・やすひろ)愛媛大学・技術補佐員)
Peter Capak カリフォルニア工科大学・准教授
Nick Scoville カリフォルニア工科大学・教授
COSMOS Team 「コスモス・プロジェクト」の国際共同研究グループ


当日の記者発表出席者

谷口義明、小林正和、鍛冶澤賢、長尾透(愛媛大学)

問い合わせ先

谷口 義明
Email: tani@cosmos.ehime-u.ac.jp

本学会における関連講演

9月11日(金)午前9:30 - 9:45 E会場
X45a “100億光年彼方に死にゆく銀河の発見” 講演者:谷口義明

本研究成果報告論文

Taniguchi, Y., Kajisawa, M., Kobayashi, A. R. M., Nagao, T., Shioya, Y., Scoville, N. Z., Sanders, D. B., Capak, P., Koekemoer, A. M., Toft, S., McCracken, H. J., Le Febre, O., Tasca, L., Sheth, K., Renzini, A., Lilly, S., Marcella, C., Kovac, K., Ilbert, O., Schinnerer, E., Fu, H., Tresse, L., Griffith, R., & Civano, F. : “Discovery of Massive, Mostly Star Formation Quenched Galaxies with Extremely Large Lyα Equivalent Widths at z ~ 3”
The Astrophysical Journal Letters(注8), Vol. 809, L7 (2015年8月5日号)

本研究は科学研究費補助金 (15340059, 17253001, 19340046, 23244031, 23654068 および 25707010) のサポートを受けています。


(注1) マエストロ = MAESTLO (MAssive Extremely STrong Lymanα Objectの略)。 英単語としてあるマエストロは maestro です。 音楽家や芸術家の敬称として使われる言葉ですが、スペルが異なるのでご注意ください。
(注2) ミクロンはマイクロメートルの略で、1 ミクロンは 1 メートルの 100 万分の 1。
(注3) 星生成をしていない銀河は、 「活動的ではない」という英語のパッシブ(passive) という単語を用いて専門用語では“passive galaxy”と呼ばれます。 対応する日本語訳で定着しているものはまだありませんが、「パッシブ銀河」の他、 「受動的銀河」と呼ばれることもあります。
(注4) 一般の観測プログラムではなく、 大規模観測用に特別に差配されたプロジェクトとして推進される観測プログラム。英語名は Treasury Program。
(注5) 測光赤方偏移と呼ばれます。銀河の距離の測定は、一般的には、分光観測を行い、あるスペクトル線がどの程度赤方偏移しているかを調べることで行われます(分光赤方偏移)。
(注6) 中帯域フィルターは英語では intermediate band filter です。 狭帯域フィルターは narrow band filter なので NB と略されるので、これに従うと中帯域フィルターは IB となります。 しかし、すばる望遠鏡の主焦点カメラであるスプリーム・カム用の中帯域フィルターとして 最初のフィルター・システムであるため IA フィルターと呼ばれています(IA427など)。
(注7) 太陽の表面温度は約 6000 度なので、黄色く見えます。太陽より軽い星は表面温度が下がるので赤く見えます。一方、大質量星は表面温度が 3 万度以上にもなり、真っ青な色をしています。
(注8) 米国天体物理学誌、レター(速報)部門