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解禁日時は 9月22日午前4時(22日朝刊への掲載は可)です。
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宇宙の一番星が見えてきた
―ハッブルウルトラディープフィールドで発見された131億光年彼方の銀河は一味違う―
(1) 講演者氏名: |
谷口義明(愛媛大学宇宙進化研究センター) |
(2) 講演題目: |
赤方偏移8の銀河による宇宙再電離 |
(3) 講演番号: |
X01a |
(4) 概要: |
ハッブル宇宙望遠鏡の深宇宙探査“ ハッブル・ウルトラ・ディープ・フィールド”で
見つかった131 億光年彼方の銀河の性質を調べたところ、宇宙で最初にできた星々
(第一世代星)を含む可能性が高いことがわかりました。ハッブル宇宙望遠鏡の新しい
赤外線カメラのおかげで、人類は遂に誕生まもない銀河を捉えることができました。 |
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プレゼンテーションファイル(PDF file) |
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図のダウンロード |
1. 本研究の背景−なぜ重要か?
2. 遠方銀河のドラマティックな戦略変化−可視光から近赤外へ−
3. ハッブル・ウルトラ・ディープ・フィールド
4. 宇宙の一番星が見えてきた
補遺1 元素の合成
補遺2 宇宙の一番星の性質
補遺3 宇宙論的赤方偏移−130億光年より遠い銀河はなぜ可視光で見えないのか?
補遺4 宇宙年齢と赤方偏移の関係
補遺5 電離光子の銀河からの離脱率
補遺6 HUDF で発見された銀河の信ぴょう性について
参考資料 131億光年彼方の銀河のイメージ
連絡先
現在の宇宙には、星々や銀河といった様々な天体が存在します。
しかしながら、それらの天体は永遠の過去から存在していたわけではありません。
宇宙はおよそ 137億年前に誕生しましたが、そのときにはまだ天体は存在していませんでした。
宇宙誕生から数億年後、最初の天体が生まれます。それが"宇宙の一番星"です。
"宇宙の一番星"は宇宙最初の天体です。
現在の銀河のバリオンの大部分が星となって輝いて見えることを思い起こすと、
"宇宙の一番星"の存在は星の系としての銀河がまさに作られ始めたところであることを意味しており、
"宇宙の一番星"を見ることによって、銀河がどのようにして誕生したのかを理解することが出来ます。
宇宙は年齢が40万年のころ、宇宙膨張のために温度が 3000度まで下がり、その中の物質は中性化しました。
ところが、その後、宇宙の年齢が約5億歳のころに、銀河間の物質が再び電離されたことが分かっています。
そこで問題になるのは、なにが宇宙を再電離したのか、ということです。
電離光子は高温の大質量星から放射されたと考えられるので、宇宙空間の歴史と星生成史とはカップルしています。
宇宙の一番星は、ビッグバンで生成された水素とヘリウムだけから作られます。
それに対して太陽をはじめとする現在観測されている星々は、炭素以上の重い元素、重元素を含んでいます。
この元素の組成が異なることによって、宇宙の一番星は太陽などの星とは性質が異なると考えられています。
一番星を観測することで未知の物理過程を探ることが出来ます。
現在までに分光観測によって距離(赤方偏移)が測定された銀河のトップ10は、全てがすばる望遠鏡での成果ですが、
最も遠い銀河は 129億光年彼方に存在しています(宇宙年齢では 8億歳です)。
宇宙の一番星は、宇宙年齢が1億年から数億年の間に生まれたと考えられているので、それらを発見するためには、
130億光年よりも遠い銀河を調べる必要があります。ところが、130年光年よりも遠い銀河は、赤方偏移のために
可視光で見ることができません。そのため、赤外線で探す必要があります。
130億光年より遠い銀河を赤外線で探す場合に、すばる望遠鏡のような地上の大口径望遠鏡を使う方法と、
ハッブル宇宙望遠鏡のような宇宙望遠鏡を使う方法がありますが、宇宙望遠鏡のほうが適しています。
それは、赤外線は大気によって吸収されてしまうことと、地上では望遠鏡や周辺装置自身が熱雑音の源と
なってしまうためです。
ハッブル宇宙望遠鏡による史上最強の可視光深宇宙探査がハッブル・ウルトラ・ディープ・フィールド (HUDF) です。
HUDF はハッブル宇宙望遠鏡に高性能サーベイカメラ ACS が搭載されたときに行われたプロジェクトで、
ろ座の方向の3分角×3分角の領域で、30等級までの銀河、約一万個を検出しました。そして昨年ハッブル望遠鏡に
新しいカメラ WFC3 が搭載されたときにも同じフィールドの観測が行われ、2.4分角×2.4分角の領域で、28.5等級までの
銀河、約五千個が検出されました。
それらのデータを用いて、HUDF で 131億光年彼方の銀河が発見されました。それらの銀河は可視光ではまったく見えず、
近赤外線でのみ見えます。さらにいうと、J バンド (波長 1.25 μm)、H バンド (波長 1.6 μm) と比べて、Y バンド
(波長 1.05 μm) の等級が暗くなっています。なお 1 μm = 1/1000 mm = 10000 Å です。
131億光年彼方の銀河が可視光で見えない理由を、下の図を使って説明します。
ぞの中で色のついた曲線が、フィルターの透過曲線を、黒色の曲線が銀河からの放射を示しています。
我々と銀河との間にある中性水素ガスによって、ライマン端 (静止系の波長は 912 Å) より短波長の銀河からの放射は
吸収されて中性水素ガス電離し、また、ライマンα (静止系の波長は 1216 Å) より短波長の銀河からの放射は
吸収されて中性水素ガスを励起します。そして、131億光年彼方の銀河のライマン端およびライマンαの波長は、
宇宙膨張によっておよそ 9倍に延ばされ、それぞれおよそ 8200 Å と 1.1μm になっています。
そのため、131億光年彼方の銀河を、可視光で見ることはできません。
HUDF で発見された銀河の距離は 131億光年なので、宇宙年齢では 6億歳ころの銀河です。
この頃、宇宙(銀河間空間)は完全電離しているので、
1. HUDF で発見された銀河は、宇宙を完全電離できるか?
2. できるとすれば、その条件は何か?
が問題になります。
HUDF で発見された銀河の紫外線光度は観測から分かっているので、
紫外線光度と電離光子の生成率との関係が分かると、単位時間当たりに放射される電離光子数が分かります。
それと銀河間ガスの電離に必要な電離光子数とを比較することで、
この問題の答えが得られます。
上の図は、宇宙の再電離のためには、紫外線光度がどのくらいの明るさの銀河(あるいは質量がどのくらいの銀河)までが
必要かを考えるためのものです。紫と赤の曲線は、横軸の紫外線光度よりも明るい銀河から放射される電離光子数を
示しています。紫外線光度に対する電離光子の数は星の金属量に依存するので、
"宇宙の一番星" の場合 (紫色の線) の場合のほうが太陽と同じ金属量の場合 (赤い線) と比べて、
同じ紫外線光度にたいして放射される電離光子数が多いことが分かります。
横線は電離光子の離脱率がそれぞれ 1, 0.5, および 0.1 の場合の、宇宙再電離に必要な電離光子数です
(離脱率については
補遺5をご覧ください)。
星から放射された電離光子の数に離脱率をかけたものが、宇宙再電離に必要な臨界電離光子数になっています。
宇宙が再電離されているためには、銀河から脱出した電離光子数が臨界電離光子数を上回っている必要があります。
この図から
重元素量が太陽と同じ場合には、離脱率が1でも太陽質量の千万倍しかない銀河からの電離光子が再電離に必要ですが、
重元素量がゼロの場合は、離脱率が 0.5 でも、太陽質量の 1億倍以上の銀河からの電離光子があれば再電離可能である
ことが分かります。
まとめ
1. HUDF で発見された 131 億光年彼方の銀河は 131億光年彼方の銀河であることを確認しました。
2. これらの銀河が宇宙の一番星をたくさん含んでいれば、宇宙再電離が可能です。
一方、太陽並みに重元素を含んでいる星では不可能です。
これらのことから、HUDF で発見された 131 億光年彼方の銀河は宇宙の一番星をたくさん含んでいると考えられます。
宇宙に存在している様々な元素はビッグバン時に合成された元素と、ビッグバン後に星の内部の熱核融合や
超新星爆発時の中性子捕獲過程で合成された元素に大別されます。
ビッグバンによつ元素合成は宇宙最初の三分間で水素とヘリウムを合成するのもので、
原子の 90% は水素原子です。微量のリチウムも合成されます。
それ以外の元素(重元素と呼ぶ)は、星内部の核融合や、超新星爆発時の中性子捕獲
で合成されます。
ここでは二つの点から、宇宙の一番星と太陽のような星との違いを説明します。
一つは、星の作られ方の違いです。
宇宙の一番星では現在の宇宙でガス雲の冷却に効いている重元素が存在しないため、
星生成のもとになるガス雲の温度が現在のガス雲と比べて高く、
重力不安定となる質量が大きくなります。
そのため太陽の千倍程度の大質量星が分子ガス雲から生まれます。
もうひとつは、太陽などの重元素を含む星に比べて、同じ質量の星でも温度が高いということです。
そのため、同じ質量の星でもよりたくさんの電離光子が放射され、より宇宙再電離に有効です。
宇宙膨張の影響で、遠方の銀河から放射された電磁波は、波長が長い方(赤い色)にシフトします。それを宇宙論的赤方偏移と呼びます。
130億光年より遠い銀河からの情報は、赤方偏移のため、すべての電磁波情報が赤外帯にシフトして観測されます。
赤方偏移 | 宇宙年齢(億年) | ルックバックタイム(億年) |
0 | 137.2 | 0 |
1 | 60.8 | 76.5 |
2 | 34.4 | 102.9 |
3 | 22.6 | 114.7 |
4 | 16.2 | 121.0 |
5 | 12.3 | 124.9 |
6 | 9.8 | 127.4 |
7 | 8.0 | 129.2 |
8 | 6.7 | 130.5 |
9 | 5.7 | 131.5 |
10 | 5.0 | 132.3 |
星々から放射された電離光子のすべてが銀河間空間のガスの電離に使われるわけではありません。
なぜなら、星々から放射された電離光子は、星間塵に吸収されたり銀河内のガスの電離に使われたりするためです。
最終的に単位時間当たりに銀河から脱出した電離光子数を、星々から単位時間当たりに放射された電離光子数で割ったものが、
電離光子の銀河からの離脱率です。
現在の一般の銀河では、電離光子はそのほとんどすべてが銀河内の水素原子の電離に使われ、離脱率は 0 です。
理論的な研究によると、生まれたての銀河では離脱率が 0 ではなく、1 に近い値をとり得ることが示されています。
その原因は、宇宙の一番星たちは誕生後約100万年経つと寿命を迎えて超新星爆発を起こすためです。
超新星爆発の爆風波でまわりのガスが電離されると、電離光子が中性水素原子によって吸収されることなく
銀河から離脱することができます。
すなわち、生まれたての銀河は超新星爆発の爆風波にまみれていると考えられます。
HUDF で発見された 131億光年彼方の銀河候補が、本当に 131億光年彼方の銀河であることを確認する必要があります。
131 億光年彼方の銀河の候補は、近赤外線では見えるけれども、可視光では暗い(見えない)という特徴で選ばれていますが、
そのような特徴は、100 億光年彼方の星生成銀河、その中でも連続光が非常に暗く、非常に強い輝線のために近赤外線で
明るく見えるようなもの、でも起こりえます。そこで、そのような銀河の可能性を注意深く調べ直し、その可能性がないこと
を確認しました。
ハッブル宇宙望遠鏡の WFC3 で得られた、131億光年彼方の銀河(青色の枠で示されたもの)と
129億光年彼方の銀河(水色の枠で示されたもの)のイメージ。Bouwens らによるもの。
(http://firstgalaxies.org/hudf09)
谷口 義明
〒790-8577 |
愛媛県松山市文京町2-5 |
|
愛媛大学宇宙進化研究センター |
Email: |
tani@cosmos.ehime-u.ac.jp |
Tel: |
089−927-9579 |
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